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東京地方裁判所 平成5年(ワ)7362号 判決

原告

原修市

原和子

右両名訴訟代理人弁護士

後山英五郎

被告

山一證券株式會社

右代表者代表取締役

三木淳夫

右訴訟代理人弁護士

田中慎介

久野盈雄

今井壮太

安部隆

主文

一  被告は、原告原和子に対し、金一一三〇万円及びこれに対する平成五年一〇月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告原和子のその余の請求及び原告原修市の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告原修市と被告との間においては、全部原告原修市の負担とし、原告原和子と被告との間においては、原告原和子に生じた費用の一〇分の三を被告の、その余は各自の各負担とする。

四  この判決の第一項及び第三項は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告ら

1  (主位的請求の趣旨)

被告は、原告原修一に対し、六三一万一〇五二円及びこれに対する平成五年五月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求の趣旨)

被告は、原告原和子に対し、六三一万一〇五二円及びこれに対する平成五年一〇月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告原和子に対し、三一三八万九六八七円及びこれに対する平成五年一〇月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因(原告ら)

1  被告(世田谷支店)の従業員杉浦恵(以下「杉浦」という。)は、平成二年三月ころ、信用取引の知識のない原告原和子(以下「原告和子」という。)に対し、「絶対にもうかる。私が一切責任を取る。」旨を告げてそのように信じさせ、さらに、原告和子が信用取引を開始するには原告原修市(以下「原告修市」という。)の同意が必要であるからこれを得てほしいと求めたのに対し、実際には同意を得ていないのに原告修市の同意を得たと告げて誤信させ、東京建物の株式四万八〇〇〇株(単価一六五三円二〇銭)買い付けの信用取引を行わせた(以下、この取引を「本件信用取引」という。)。

2  原告和子は、決済日である平成二年八月三一日に反対売買によって本件信用取引を清算したが、その結果合計三七七〇万〇七三九円の差損が生じた。

3  そこで、杉浦は、そのころ、原告修市に対し、被告が同原告の委託を受けて保管、管理中の株式の一部を売却し、その代金を右差損の決済資金に充てることを、また、原告和子に対し、同原告所有の株式を売却しその代金と信用取引保証金で決済資金の不足分を賄うことを、それぞれ求めた。

その際、杉浦は、原告らに対し、実際には損失を補填する意思がないのに、右資金提供によって原告らに生じた損害は、差益の発生が確定的な有価証券取引を責任を持って仲介することによって必ず回復させると告げた。

4  原告らは、杉浦の右発言を信じて言われるままに、次の(一)、(二)記載のとおり所有の各株式を売却しその売却代金を、さらに、原告原和子は次の(三)記載の信用取引保証金を、それぞれ被告に提供して、前記差損金の決済に充て、同額の損害を被った。

また、原告修市は、右売却によって、太陽酸素株について三三万七八六八円、コニカ株について一一一万七七二八円の差損金が生じたため、右差損金相当の損害をも受けた。

(一) 原告修市

(1) 太陽酸素 一〇〇〇株 一二七万九五三九円

(2) コニカ 三〇〇〇株 三五七万五九一七円

(二) 原告和子

(1) 太陽酸素 一〇〇〇株 一二七万九五三九円

(2) 八木アンテナ 一〇〇株 四三三万八五四七円

(3) リンテック 三〇〇〇株 六五六万一五一六円

(4) 横浜銀行 一〇〇〇株 一一一万二〇三八円

(5) アメリカンエクイティファンドA 一五四万八六二九円

(6) 新株式ファンド八九〇四(株式債券型) 一七一万〇四五四円

(三) 信用取引保証金 一六二九万四五六〇円

5  仮に、4項で原告修市所有と主張した4(一)(1)(2)記載の各株式が、原告和子の所有であったものとすれば、原告和子が、右株式売却代金四八五万五四五六円及び差損金一四五万五五九六円合計六三一万一〇五二円相当の損害を被ったことになる。

6  よって、原告らは、被告に対し、不法行為(使用者責任)による損害賠償請求権に基づき、

(一) 主位的請求として、原告修市に六三一万一〇五二円及びこれに対する不法行為の後である平成五年五月一一日から、原告和子に三一三八万九六八七円(4(二)(1)ないし(6)及び(三)の合計三二八四万五二八三円の一部)及びこれに対する不法行為の後である平成五年一〇月二六日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うこと

(二) 予備的請求として、原告和子に三七七〇万〇七三九円及びこれに対する不法行為の後である平成五年一〇月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うこと

を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、杉浦が被告の従業員であること、杉浦が平成二年三月一日原告和子から信用取引で東京建物四万八〇〇〇株の買い付け(本件信用取引)の依頼を受けたこと及びその際同原告から原告修市の同意を得るよう求められたことは認める。ただし、右株式の単価は一七八〇円であった。その余は否認する。原告和子は、被告に対し、昭和五九年一〇月一九日、信用取引口座設定約諾書を差し入れており、信用取引の経験は極めて深い。また、杉浦は、原告和子から東京建物株式の買い付け依頼を受けるに先立ち、原告修市の同意を得ている。

2  請求原因2は認める。

3  同3は否認する。

4  同4及び5のうち、4(一)、(二)記載の各株式売却代金と(三)記載の信用取引保証金が原告和子の本件信用取引の決済に充てられたことは認める。ただし、(一)に記載されたものも、原告和子名義である。すなわち、杉浦は、平成二年三月五日、原告らの依頼に基づき、被告が原告修市名義取引口座に預託を受けていたアマダワシノ一〇〇〇株、伊勢丹一〇〇〇株、日本火災海上一〇〇〇株、東京建物七〇〇〇株、太陽酸素一〇〇〇株、コニカ五〇〇〇株の株券返還の清算書を受入れ、改めて原告和子名義で本件信用取引の証拠金の代用として右六銘柄の預託を受け、原告修市取引口座から原告和子取引口座に株券を移管したものである。その余は否認する。

三  抗弁

1  原告らは、杉浦から、平成二年二月二八日、本件信用取引の勧誘を受け、損害の発生と加害者を知ったものであるところ、その翌日から起算して三年が経過した。

2  被告は、右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

原告和子が杉浦から平成二年二月末ころに本件信用取引を勧誘されたことは認めるが、原告らが損害の発生とその加害者を知ったのは、原告代理人から説明を受けた平成三年一〇月ころ以降である。そうでないとしても、本件不法行為に基づく損害が発生したのは本件信用取引の決済日である平成二年八月三一日であるから、同日以前には消滅時効は進行を開始しない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一1  請求原因1のうち、被告の従業員である杉浦が平成二年三月一日原告和子から本件信用取引の依頼を受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二六号証の一二によれば、この株式の単価は、一七八〇円であったことが認められる。

2  そこで、原告和子が本件信用取引をすることになった経緯についてみると、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三、第二、第三号証の各一、二、第二六号証の一ないし七及び、証人杉浦恵の証言(ただし、後記採用しない部分を除く、)、原告和子、同修市各本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  原告和子は、昭和五五年ころ被告を通じて証券取引を開始し、昭和五九年一〇月一九日付け信用取引口座設定約諾書を差し入れ五年程信用取引を続け、損が大きくなったのでいったん取引を中断したが、昭和六三年一一月ころ、同年一〇月一九日付け信用取引口座設定約諾書を提出して平成元年八月一八日まで信用取引を継続した。

(二)  ところで、原告和子はそれまで夫の原告修市に内緒で信用取引を行っていたが、右昭和六三年一一月以降の取引においても結局大損害を出したため、原告修市の知るところとなって、激怒した原告修市から、二度と信用取引をしないよう厳しく注意を受けた。

(三)  その後、杉浦が原告らの担当となり、原告らは現物取引のみを行っていたところ、杉浦の勧めで原告修市名義で買い付けた東京建物の株価が大幅に値下がりしたものの、その時点で底値をつけたと判断されたことから、杉浦は、平成二年三月一日、原告らの経営する電気店を訪問し、原告和子にその後の株価回復を期待していわゆるナンピン買いをすることを勧め、その際、大きく取り返すために信用取引をするよう勧めた(このとき杉浦が原告和子に絶対にもうかるとか一切責任を取る等と告げたことを認めるに足りる証拠はない。)。

(四)  杉浦の勧めを受けた原告和子は、前記のとおり原告修市から信用取引をしないよう厳しく注意されていたので、原告修市の同意を得てくれるように杉浦に求めたところ(原告和子が原告修市の同意を得るよう杉浦に求めたことは当事者間に争いがない。)、右依頼を受けた杉浦は、いったん前記店内で作業していた原告修市の方に赴き、しばらくして原告和子に対して原告修市から信用取引をすることの同意を得た旨告げたが、実際には原告修市には何ら信用取引の話はしていなかった。

(五)  原告和子は、杉浦から右のとおり原告修市の同意を得たと告げられ、その旨誤信して、本件信用取引をすることになった。

以上のとおり認めることができ、右認定に反する証人杉浦の供述部分は採用しない。他に右認定を左右する証拠はない。

3 以上認定の事実によれば、杉浦は、株価の動きに関し断定的判断を提供して勧誘をしたということはできないものの、原告和子が本件信用取引をすることを決意するについての重要な前提であるその夫、原告修市の同意について、虚偽の事実を告げて原告修市が同意したものと原告和子を誤信させ、本件信用取引をさせたということができるから、証券取引法四九条の二(誠実公正義務)の規定を待つまでもなく杉浦の行為は実質的に詐欺にあたり、不法行為に該当するものといえる。

したがって、被告は、原告和子が本件信用取引によって被った損害を賠償する義務があるというべきである。

二1  原告らの請求原因3ないし5記載の主張の趣旨は必ずしも明確ではないが、当裁判所は、原告らは、杉浦が請求原因3記載のとおりに原告らを欺罔して請求原因4(一)記載の株式を売却させた行為自体が一に説示した不法行為とは別個独立の不法行為を構成するとして、右不法行為に基づく損害賠償を、主位的には原告修市が、予備的に原告和子が、求めているものと理解して、その成否について検討することとする(なお、右のように理解すると、原告和子に対する請求は、原告修市の請求が認められなかった場合に予備的に請求されていることになるけれども、いずれも被告は同一であり本件のような形で請求をされてもその防御権を害されることはないから、不適法却下するまでもないと解する。)。

2  ところで、証人杉浦の証言によれば、杉浦が原告らに対し、原告ら所有株式の売却代金や信用取引保証金を本件信用取引の決済に充てるよう求めたことが認められるけれども、杉浦が損失補填をすると述べたと認めるに足りる証拠はない。すなわち、杉浦が、原告修市に交付したメモ書きである甲第一号証も、その記載の文言からして、あくまで本件信用取引によって生じた損失につき、その担当外務員として、何とか新たな取引によって解消したいとする努力目標を掲げたものにすぎないことが明らかであり、原告修市及び同和子の供述によっても、杉浦が損失補填を約束するかのごとく告げて原告らを欺罔したと断定するには十分でなく、他にはこれを認めることのできる的確な証拠はない。

そうだとすると、杉浦の損失補填の申出によって欺罔されたことを理由とする原告修市の請求及び原告和子の予備的請求は、4(一)記載の各株式が原告のものであったか否か(被告主張の株式の原告修市取引口座から原告和子取引口座への移管についての原告修市の同意の有無)等、その余の点について判断を進めるまでもなく理由がないといわざるを得ない。

三  そこで、原告和子の被った損害について検討する。

1  請求原因2(本件信用取引による差損金の発生)は、当事者間に争いがない。

したがって、原告和子は、この時点で三七七〇万〇七三九円の差損金相当額の損害を受けたことになる。

2  ところで、原告和子本人尋問の結果によれば、原告和子は、有価証券取引に関し豊富な知識と経験を有し、信用取引も既に五年程度行ったことがあり損失を出した額も少なくなかったことが認められる。

また、前示のように、原告和子が本件信用取引の勧誘を受けたのは原告らが切り盛りしている電気店内であって、原告修市も同店内で作業していたのであるから、原告和子自ら原告修市に信用取引をすることについて同意してくれるかどうかを確認することは極めて容易であったのに、自から同意の可否を確認することをせずに杉浦に任せ、かつ、原告和子は、それまでにも株式の信用取引によって多額の損失を被っていた経緯から原告修市が容易に同意しないであろうことを十分予測できたのに、杉浦が原告修市の方へ向かってから僅か三分程度で同意を得たと言って戻ってきたことに対し、何の疑問も差し挾まなかったものである。

したがって、原告和子には原告修市が同意したと信じて本件信用取引をしたことについては過失があったというべきであるから、損害賠償額を算定するにあたっては右過失を考慮し、原告和子が被告に請求できる損害賠償額は一一三〇万円(七割強の過失相殺)とするのが相当であると判断する。

四  抗弁について

右三1に判示したとおり、原告和子の損害が発生したのは、本件信用取引の決済日である平成二年八月三一日であるから、このときまで消滅時効は進行を開始しないと解される。

したがって、平成二年三月一日を起算日とする被告の消滅時効の抗弁は理由がない。

五  以上によれば、原告和子の本訴請求は、一一三〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成五年一〇月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、同原告のその余の請求及び原告修市の請求はいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官赤塚信雄 裁判官綿引穣 裁判官森淳子)

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